ある方からコメントを寄せて頂き、その返信も兼ねて、ちょっと『前向き』と言う事柄に付いて考えてみたいと思います。

そもそも、当ブログのタイトルである『かねがねがちぶ。』と言うのは、俺の性格が非常に暗く、ネガティブであったことから付けられたタイトル(「かねがね、ネガティブ」→『かねがねがちぶ。』)です。

ところが、ブログを読んで下さっている仕事の仲間等には、「最近のオマエはスッカリ人が変わってしまった。どうして急に明るくなったのか?」と言われることが時折あります。

自分では良く分からないものの、そう人様が評価するのだから、そのような部分もあるのでしょう。

常々思っているのは、昨年の末に具合を悪くして(病院で)救われた際のこと。

『もし今の世の医療技術が進んでいなかったり、或いは貧しい国であったり、何か少し事情の違いがあっただけで自分は死んでいたんだな』と強く思うのです。

それが人工透析と言う技術があり、日本には国民健康保険等の制度もあり、何とか救って頂けた。

そう考えた瞬間、何故だか強烈な感謝の念が芽生えたのです。

腹膜透析が上手く行かなければ血液透析と言う別の方法があり、腹膜炎になったらなったで何かしらの治療法があるにはある。

何かトラブルがあったり入院したりする度に、その感謝の念は強くなって行きました。

あの時に死んでいたら出会えなかった映画とも出会えましたし、音楽とも出会えました。

もし昨年の末に、あのまま死んでいたならば、今年の大震災を知らぬままだったでしょう。日本人の女性サッカーチームが世界一になったことも知らなければ、地上テレビ放送が一斉にデジタルへ切り替わる歴史的瞬間にも立ち会えなかったハズです。

それらが素晴らしく感動的(大震災は別)で、今では空の色にまで感謝の念を覚えます。

『何だか宗教染みていて気持ちの悪いハナシだな…』と思われる方も多いかと存じます。

とは言え、あの大したこともない生還劇(もっと重い大変な病気の方から見れば小さいことだと思います)が、俺にとっては正に宗教体験に近い何かだったのです。

ですから、こうしてブログを書かせて頂いて、少なからず読んで下さる方がいらっしゃって…と思うだけで何だか幸せで楽しい気分になって来ます。

恐らく、俺が前向きな人間に見えるのだとすれば、そのようなことが根底にあるのではないかと。。

何気なくブログを始めてから、病気になり、好きな物も食べられなくなってしまい、職を失い、遂には身体障害者(人工透析を受けている患者は内部障害者となります)となりました。

本当に運がない。最悪の状況(^-^;;)

『ブログを初めてからロクなことがないなぁ。変なタイトルが良くないのかなぁ』と思ったことも実は一度や二度ではありません。

ところが、大元となった「かねがね、ネガティブ」だったハズの自分は何処かへ行ってしまったらしい。

それは『自分はネガティブなせいで人に良く嫌われるから、余りネガティブなことはブログに書かないようにしよう』とブログの開設当初に決めたからかも知れません。

一種の自己暗示と言うかな。

またハナシがトッチラカッテ来ました(^-^;;)

泣き言を書けばキリもなく、正直な気持ちを書いていない場合もありますよ。『どうと言うことはない』なんて顔をして、不安が一杯なことも沢山あります。

ところが、ブログで『どうと言うことはない』と言う振りをして記事を書くと、不思議と気持ちが『どうと言うことはない』方へとシフトするんです。本当に。

ましてや前述の通り『一度は死んでいる』と思っているワケですから、まぁ色々とアリガタイワケですよ(笑)

長い記事となってしまった上に、何が言いたいのかも良く分からん記事です。

お笑いの明石家さんまさんだったでしょうか。

「生きているだけで丸儲け」

等と上手いことを言う方がいらっしゃいました。

要するに、そう言うことです。

ここまで読んで下さって感謝です。

ありがとう。