かねがねがちぶ。

人生踏んだり蹴ったり。

2012年06月

2012年6月30日。晴れ。

どうも。こんばんは。

前の記事で「体重は増やしたくない」と書きました。

人工透析患者の場合、健康な方と比べて尿の量が極端に少なくなる為、お茶やコーヒーは勿論、余り水分を摂らない様、気を付けなければならなくなります。

水分を摂り過ぎると、体の外側ばかりか、心臓まで浮腫んで来て、息苦しくなったり血圧が高くなったりして来るのです。

(体に留まった水分が自然と出て行かないので摂取した水分の重さはソノマンマ体重へと上乗せされる。例えば2リットルの水を飲めば体重は2kg増。腎臓が元気な人であれば暫くすると尿として排泄されるが、透析患者(無尿)の場合は次の人工透析を受けるまで増えた体重が(汗や便等として出て行く他は)殆どソノマンマ)

その余計な水分を人工透析で取り出すワケですが、そうなると心臓も元通りに萎みます。

水分で大きく膨らんだり萎んだりを繰り返すと、それだけ心臓への大きな負担となり、ダメージになるのだとか。

第一の副業はお客さん相手のお仕事で、お客さんとお話させて頂く機会も少なくありません。

やはり「ゆっくりお話を…」となるとお茶やコーヒーが付き物で、お客さんに変な気を遣わせたくないと言うこともあり、俺の手元にも何らかの飲み物が置かれている場合が多いです。

お話を伺いつつ、『ヒトクチぐらいなら良いだろう…。全くクチを付けないと言うのも却ってオカシイし…』なんてゴクリ。

お客さんが替わる度に、そんなことを繰り返していると、結局は結構な量の飲み物を摂取してしまっています。

何とか上手な我慢が出来るようにならないとなぁ。

ベテラン(?)の人工透析患者さんともなれば、飲み会に参加したとしても、最初に頼んだ飲み物をグラス半分だけ飲んで最後まで粘るとか、そんな芸当(?)まで出来るようになるのだとか。

俺も見習わないと…。

元々飲み食いが大好きな人間だけに、少々ツラいトコロです(+_+)

何をすれば良いのやら。

第一の副業で都内にいます。

腹膜透析(CAPD)を卒業し、血液透析のみの生活となった為、血液透析のない今日は自由に動き回ることが出来るようになり、楽です。

かつては重さ2kg以上もある腹膜透析液や腹膜透析に関わる品々を乗せたキャリーカートを引き摺りつつ、腹膜透析が行えそうな場所を求めてウロウロ…。

まぁそれはそれで漫画喫茶やカラオケボックスへ入ったり楽しかったものですが(笑)

とは言え、することが全くないと言うのもイササカ困ります。

体重は余り増やしたくない(「太りたくない」と言う意味ではない。「次の透析日まで余り体重を増やさず置きたい」と言うこと)ものの、休み時間を頂いて、さて休憩しようと思えば、何処か飲食店へ入るのが手っ取り早い。

しかし、飲食店へ入って何も注文せず黙って腰掛けているワケにも行かず、そうなれば何かしら飲むか食べるかしなければなりません。

頼むだけ頼んで出て来た品に全く手を付けずお金を払って出て行くと言うのもバカバカシイ限りですし(^_^;)

そこまで暑い時季でもなければ公園のベンチで携帯電話でもイジっていれば良いのでしょうが。(実際そうしている(笑))

有料でも良いから食べ物や飲み物が絡まず腰掛けて快適にユックリ出来るような場所。

…。

結局、漫画喫茶やカラオケボックスか(^_^;)

2012年6月29日。曇り。

どうも。こんばんは。

今日は血液透析を受けたこと以外は特に何も…。

あ。そうそう。先程の記事の件で、何年(十何年?)か振りに鏡をマジマジと見てみました。

丁度、透析施設のロッカールームに大きな姿見があったもので。

改めて、随分と痩せたものです。何せ体重で言えば半分(98kg → 49kg)ですからね(^_^;;)

自分の姿を凝視することに強い抵抗は感じたものの、同時に『何処にでもいるオジサンじゃん』とも思いました。

その辺りがジレンマと言うか何と言うか。

何となく、『醜い自分は嫌だ』と思うと共に『醜いままでいたい』と思う自分もいるようなのです。

「今更になって価値観を変えたくない」と言う頑固なトコロがあるのでしょう。

どんな事柄にしても、一度、嫌いだ嫌いだと言い張ってしまった手前、何らかの良さに気付いたとしても後になってから言い出し難い…ってありませんか。

それと似たような。

今日、鏡を見たことがキッカケになって、自信…とは言わないまでも、自分の容姿に対する変なコダワリ(?)が捨てられたら嬉しいと思います。

しばらく血液透析へ行く度に鏡を見ることを習慣にしようかな。

他の方からすれば実に些細でツマラナイことかも知れませんが、自分としては大きな進歩です(^_^)

進みたい。

農家を営んでおられる親戚の方から電話があり、「トウモロコシが穫れたから良かったら取りにおいで」と…。

ありがたいことに、住んでいる町の周辺に親戚が集中している為、何かある度に農作物等を下さるのです。(時として大量過ぎて困ってしまう程…)

散歩がてら、件の農家のお宅へお邪魔し、(飲まなかったけれど)お茶を頂きました。

その親戚は代々の農家で、俺が子供の頃から”お兄ちゃん”と呼んで親しくさせて頂いている方が今は主に畑の面倒を見ていらっしゃいます。

色々とした雑談の中で、先日もブログで触れた”俺の人見知り(及び女性恐怖)”に付いて、いつも頼りにしている”お兄ちゃん”へ少し相談してみました。

「なるほどね。人見知りなのは何となく分かっていたよ。親戚の集まりでも何だかモジモジしていることが多いからね。それって元々nannyにある『自分の顔を異常に醜く思うこと』に原因があるんじゃないかな?」

「うぅん…。確かに『自分の顔が変だから人に見られたくない』と言うのはあるかもです」

「確か以前、『(自分の姿を見たくないから)鏡が見られない』とか言っていたと思うし、まず写真も撮らないだろ?」

「良く覚えていますね。写真のことは何故?」

「ウチでは正月に親戚が集まると集合写真を撮るじゃないか。あの時、nannyは必ずカメラマンだ。絶対に自分が被写体になろうとはしない。ほら、(毎年の集合写真を何枚か並べて飾ってある壁を指して)どの写真にもnannyはいない」

「…」

「人見知りにしろ、その女性が怖いと言うのにしろ、根底には『自分の顔が嫌い』ってのがある気がしてならないよ」

「なるほど」

「俺から見ると…と言うか、多分、誰から見てもnannyは別に変な顔と言うワケではない。イケメンって程でもないが、まぁ普通だろう。もう少し正しく自分の顔を認識してみてはどうかな。じっくり鏡でも見てみたら?」

「はぁ…」

そんな会話。

流石は(変に鋭い部分がある)”お兄ちゃん”。良く見ています。

俺が自分の顔を異常に醜いと思い込む原因は良く分かりません。

でも自分の写真は一枚も持っておらず、(顔全体が写る大きな)鏡すら部屋に一枚もない。

確かに、「自信」と言う程ではないにしろ、自分の顔に付いて特に思うことがなくなれば、人見知りも随分と楽になるような気がしました。

機会があれば鏡を見たり、カメラで”自分撮り”してみたりして、自分の顔に慣れて(?)みようかな。

怖いけれど克服したいです。

もう40手前で遅過ぎる気がしないでもないけれど(笑)

2012年6月28日。曇り。

どうも。こんばんは。

血液透析のある日は一日一食生活へ向くように思えます。

まだ血液透析生活に慣れていないせいもあるのでしょうが、何だかバタバタしている内、晩ゴハンの時間になってしまう。

しっかり食事を摂るとなると、却って忙しくなるのではないでしょうか。

そのぐらい慌ただしい気がします。

一方で、血液透析のない日は…。

今までのように腹膜透析(CAPD)へ取られる時間もありませんから、一日が長い長い。

『今日は電車に乗って買い物へ行こう!』と出掛けても、帰って来ると、まだ正午過ぎだったり(^_^;;)

腹膜透析に追われる生活をナンダカンダ一年半は続けて来た為、何となく『ゆっくりする』と言う感覚を忘れています。

買い物へ行っても、目的のお店へ行き、目的の品を見るなり買うなりしたら、直ちに帰って来てしまう。

もっとも、せっかく街場へ出たとしても、(病気があるから)何か美味しい物が好きに食べられるワケでもありませんし、お茶を飲むにも不自由な状態。

ゆっくりしたトコロで余り面白いこともなさそうな。

買い物でないにしても、例えば観光なら観光で、美味しい食べ物が付き物じゃないですか。

観光地へ行って、ただ見るモノだけ見て、何も食べずに帰って来る方と言うのも余りいらっしゃらないと思います。

本当は東京スカイツリーでも見に行きたい気持ちもあるのですが、観光客へ向けて色々と美味しそうな物も周辺で売られているそうなので、俺からすれば危険地帯です(笑)

まだまだ異常食欲者は健在。

今だに欲望を抑え付けるのには苦労させられています(+_+)

ストレスもなくはないものの、一度でも(食欲を)開放させたら歯止めが効かなくなり、(食べに食べた結果、)その後悔に由来するストレスの方が遥かに大きくなるのではないかと。

太っている頃の食生活は異常だったもんなぁ。

結果として今のボロボロの体があるワケで(^_^;;)

月別アーカイブ
最新コメント
記事検索
プロフィール

nanny

恥ずかしがりで寂しがり。

Iga腎症、アトピー性皮膚炎等、様々な病気と付き合っており、現在は血液透析(週に3回 1回4時間)を受けている元腹膜透析(CAPD)患者です。

糖尿病がありましたが、40kg以上の減量に成功し、現在は寛解しています。

2009年7月3日に原因不明の卒倒をして以来、離人感を抱くようになりました。

ブログでは日々思った色々なことに就いて書いています。

今日の暦