これは入院を控えている人間として看過できぬ事件だ。
実際に入院してみると分かるが、思いの外、入院病棟内と言うのも無用心である。
少なくとも俺の入院していた病院の場合、貴重品を厳重に保管できる仕組みは皆無に等しく、金庫とは名ばかりの、頼りないカード式のキー(これも実に簡単な物だ)の付いた金属製の箱(一応、ベッドサイドのヒキダシ内に取り付けられ、容易には外せない作りなっている)が患者一人に一つ与えられる程度。
その箱でさえ、大きな財布では入り切らない程の驚くべき小ささなのだ。
(預けた預かっていないのトラブルを避ける為か、看護師さん等は貴重品を預かってはくれなかった)
入院している立場とは言え、自由に動き回れる身となればベッドを離れることも頻繁で、着ている装束も入院患者の格好とあってはロクにポケットもなく、入院生活へ慣れて来るに従って、『まぁ大丈夫だろう』と携帯電話やMP3プレーヤー程度の物であれば、掛け布団で包んだり、枕の下に隠したりして、そのままベッドを離れてしまう。
今回の事件では選りにも選って寧ろ防犯に努めるべき病院のスタッフであるトコロの看護師が容疑者となっているが、入院病棟と言う場所柄、「見舞いに来た」と言ってしまえば誰でも割りと自由に出入りでき、そもそもが見知らぬ患者同士の寄り合い所帯である為、見覚えのない人間がウロウロしていてアタリマエの空間でもある。
更に個室でない大部屋ともなれば、一つ屋根の下ドコロか、薄いカーテン一枚を隔てた向こうにクチを聞いたこともないような方が暮らしている状況。
ついつい自らの体調や病気のことばかりが気に掛かり、手回りの品にまで気が回らない気持ちは分からなくもないものの、どうか入院される方々には気を付けて欲しい。
もしも急なことで運ばれ、特に必要のない鍵束や高額紙幣、貴重品等を持ったまま入院する不運に見舞われてしまった場合は、誰かご家族がお見舞いに来て下さった時にでも、ついでに持ち帰って頂くことを強くオススメする。