大晦日になりました。
今年は腹膜透析の不調が続いて血液透析のみに頼る生活へ入ったり、自分としては色々と変化のあった年だと思っています。
中でも大きいのは、少しだけ鏡が見られるようになったことかなぁ。
他人様から見れば些細なことなのでしょうが。
結局、今年も友達は出来ず仕舞い。
血液透析を受けさせて頂いている施設でも出会いはなくはないとは言え、やはり年齢的な壁(大抵の透析患者さんは俺よりも、ずっと年上)が大きいです。
たまには何方かと仕事の話ではなく、普通の世間話でもしてみたいなぁ。
ともあれ、このブログで色々なことが吐き出すことが出来、とても救われています。
今年も読みに来て下さった方々へ感謝です。
ありがとう m(_ _)m
2012年12月
今日は第一の副業の仕事納めです。
何とか今年も一年、堪えました。
ギリギリにせよ、来年も生活レベルの維持が出来れば良いのですが…。
やや絶望的な状況とは言え、就職活動も頑張りたいと思います。
どうも俺の場合、捨てる神様ばかりで、拾って下さる神様がいません(^_^;;)
見た目が悪いから、拾う気にもならないのかな?(笑)
速くも腹膜透析用のカテーテルを抜いた手術から二週間が経とうとしています。
おかげさまで手術箇所の痛みも全くと言って良い程なくなり、傷口も徐々に目立たなくなって来ました。
カテーテルを挿れた日は2011年の1月7日。上記の通り、抜去日が2012年12月14日ですから、708日間(ざっと2年間)、お腹にカテーテルが入っていた計算となります。
その間、当ブログの腹膜透析に関する(カテゴリを”腹膜透析”としている)記事の数は182。(この記事が183本目)
もうカテーテルすらないことですし、このカテゴリの記事が増えることも余りないものと思われます。
そのように考えると、トラブル続きだったとは言え、何となく寂しい思いがあるのも事実。
まだカテーテルがないことに慣れず、入浴の際など、つい(カテーテルが生えていた)下腹部の辺りが気になってしまったり。
何でも人工透析方法として腹膜透析を選択している方の数は全人工透析患者の内でも4%以下(日本の場合)だそうで、そのような意味でも貴重な体験をさせて頂いたと思っています。
いずれにしても、そのような透析方法があることを教えて下さった担当の先生と腹膜透析へ感謝です。
もっと深刻に寒い北国や雪国に住まわれている方に対して、やや申し訳ないような気持ちになってしまうものの、寒くて寒くて仕方ありません。
特に何もすることがなければ、一日中、布団に包まっています(^_^;;)
それでも、まだ12月。1月、2月ともなれば更に寒くなるのでしょう。
参ったなぁ(+_+)
熱い鍋料理や、温かい飲み物が欲しくなりますが、そこは我慢。
そう言えば、血液透析を受けている施設から、「お正月料理の上手な食べ方」みたいなプリントを頂きました。
おせちなら何を何g、何を何g、何を何g…と選んで食べればバランスも良く、塩分も多く摂らずに済むとか、お雑煮は汁で煮ないで餅だけを焼いて食べましょうとか、色々と書いてあります。
「餅だけを焼いて食べる」って、最早、お雑煮でも何でもないタダの焼き餅のような気が…(笑)
そこまでしてお正月の料理を頂きたいとも思いません。
お正月は親戚への挨拶回りもソコソコに、普通の日常を過ごすことに決めました。
とは言え、少しだけ健康な方々が羨ましいです。
nanny
恥ずかしがりで寂しがり。
Iga腎症、アトピー性皮膚炎等、様々な病気と付き合っており、現在は血液透析(週に3回 1回4時間)を受けている元腹膜透析(CAPD)患者です。
糖尿病がありましたが、40kg以上の減量に成功し、現在は寛解しています。
2009年7月3日に原因不明の卒倒をして以来、離人感を抱くようになりました。
ブログでは日々思った色々なことに就いて書いています。