かねがねがちぶ。

人生踏んだり蹴ったり。

2013年01月

最高だった。

どうも。お久し振りです。

お元気ですか?俺は元気です。

今日は腹膜透析の方でお世話になっていた病院で診察がありました。

腹膜透析用のカテーテルを抜いた手術を伴う昨年末の入院から初の診察です。

当然と言うか結果は良好で、入浴(今までは浴槽に浸かれずシャワーのみだった)の許可も出、血液透析では既に別の病院へ通っていますから、一先ずの”診察終了”と相成りました。

今後、もしシャントのトラブル等があれば、またお世話になる可能性はあるものの、とりあえず先生とはお別れ。

もう先生とは何年のお付き合いだったでしょうか。このブログは病気が発覚する前から続いている為、ログを漁ればファーストコンタクトの頃の記事が出て来ると思います。

もうサヨナラかと考えると、いささか寂しいような。

一方で、やっと許可の出た入浴も果たし、もう何年振りか、湯船に浸かりました。

お腹にカテーテルを入れて以来のバスタブです。

気持ち良かったなぁ。

元々お風呂(湯に浸かること)が余り好きではなく、かつては10分と入っていなかったのに、今日は1時間近く入っていました(^_^;;)

ウチのお風呂は小さいので、銭湯か大きな温泉へでも行ってみたいです。

病気だから分かるアタリマエであることの幸せがあります。

そんなアタリマエの幸せが悪くありません。

あるある。ないない。

どうも。お久し振りです。

お元気ですか?俺は…どうかな。

『元々イジメられっ子だった(小学生時代)ぐらいだから、人の気に障る”何か”が俺には備わっているのではないか?』と思うこともあれば、『タダの自意識過剰で、アタリマエのことだ』と思うこともあったりして。

常々書いている通り、俺には友達と呼べる存在がなく、仕事以外の個人的なことを何方かとお話しさせて頂く機会が滅多にありません。(あったとしても、どう話して良いのやら良く分からない)

従って、「これって俺だけ?」みたいなことが良く分からなかったりします。

随分と持って回った書き方をしてしまいましたが、他人様から嫌がらせのようなことをされるケースが自分は特に多いような気がするのです。

例えば、ちゃんと決まったルール通りの歩き方をしているのに、自転車の方から「邪魔だ!馬鹿野郎!」みたいなことを言われたり、大切にしている植木や愛車(自動車、原付、自転車等)へ悪戯(?)をされたり。

ただ、「これは絶対に何者かの嫌がらせだ!」と間違いなく言い切れるケースと言うのも余りなく、例えば植木鉢が倒れていれば、『猫か何かかな?』とも思えるし、自転車のカゴに入れて置いた手袋が消えていれば、『風で飛んで行ったのかな?』と思えなくもなく、最終的には『植木を邪魔になるような場所へ出して置いた自分が悪い』とか、『手袋を自転車のカゴへ入れ放しにしたまま目を離した俺が悪い』と言う感じで、結局、自分の落ち度と言うことにしてしまいます。

それが何だかモヤモヤとしたストレスで、相手(…が、いるとすれば…)に対して腹の立つような部分もあり、自分が駄目だなぁと感じる部分もあり、また、そんな些細なことで立腹したり、気に病んでしまう自分の精神的な脆弱が嫌になったり。

ここ何日か、そんな嫌なことが連続し、少し元気を失ってしまいました。

経済的な損失は精々数百円程度。精神的な落ち込み具合は…プライスレス(笑)

そうなると夢の世界も意地悪で、眠ることすら億劫になります。

いつも時間が解決してくれることは分かっている。

そして、少しすると、また嫌な目に遭い、煩う。

もう何十年も繰り返して来たこと。

成長しないなぁ。

Ska Flavor loves Ghibli Songs。

どうも。お久し振りです。

お元気ですか?俺は元気です。

昨日と今日は第一の副業でした。

打ち合わせ等で良く利用させて頂く飲食店で(お仕事の)パートナーを待っていると、何やら軽快な音楽が店内に流れています。

曲調は兎も角、『何処かで聞いた覚えのある音楽だなぁ』と思い、考えている内、それは宮崎駿監督の『ハウルの動く城』で使用されていた、久石譲先生作曲の音楽(『人生のメリーゴーランド』)であることに気付きました。

ただし曲調が映画で使用されたような耳慣れた曲調ではなく、所謂、南米系のジャズと言うか(東京スカパラダイスオーケストラのような)陽気なスカで、耳馴染みも良く、とても素敵。

店員さんとも親しくさせて頂いている為、何となく尋ねてみると、スタジオジブリの映画で使用されている楽曲を、やはりスカ風にアレンジしたコンピレーションアルバムを流していたとか。

自宅へ戻り、インターネットで調べてみと、美吉田月(これで「ミヨシダ ルナ」と発音するらしい)さんの『Ska Flavor loves Ghibli Songs』と言うアルバムであることが分かりました。

評判が良かったのか、第二弾、『Ska Flavor loves Ghibli Songs II』の存在も確認。

運良くiTunes Storeでも扱われていた(『Ska Flavor loves Ghibli Songs』、『Ska Flavor loves Ghibli Songs II』(ご試聴も可能です))為、一作目と二作目を衝動買い(^_^;;)

しかも、ダウンロード版であれば、アルバム一枚分で1200円とお手頃(通常のアルバムは一枚2100円)です♪

美吉田さんの素直で綺麗なヴォーカル(一部インストゥルメンタルもあり)と、聴いているだけで元気の出るような軽快なアレンジが相俟って、なかなか素敵なアルバムに仕上がっていると思いました。(個人的に)
 
オススメです(^_^)

Ska Flavor loves ジブリ Songs
Ska Flavor loves ジブリ Songs

Ska Flavor loves ジブリ Songs 2
Ska Flavor loves ジブリ Songs 2

残念だよ。

今夜、地上デジタルテレビで放送されるSF映画を楽しみにしていたのものの、血液透析から戻って自宅のテレビを点けてみると、何故か殆どのチャンネルが映らなくなっていました。

どうやら何かのキッカケで電波が弱く(?)なってしまった様子。

元々受信レベルがギリギリだったのか、些細な原因で受信できなくなってしまうようです。

アナログ放送であれば、チョットやソットぐらい電波の状況が悪くても、画質が悪いなりに何とか視聴できたりしたものですが、その点、デジタルは少々不便ですね(+_+) とても画面は綺麗だったりするのだけれども。

何故かNHKと放送大学だけ(笑)は快調に映っています。

しばらく少し退屈になりそうです。

ある先生の発言を受けて。

どうも。お久し振りです。

お元気ですか?俺は元気です。

終末医療や安楽死のアリカタに付いて、考え方は人それぞれだと思います。

俺自身は現在、人工透析患者であり、人工透析は延命治療(人工透析を受けなければ一ヶ月もしない内に恐らく死んでしまう)に外ありません。

そこで割りと自身の死に付いて考える機会も少なくないワケですが、イジメに遭っていた少年期、ずっと自殺志願者であったせいか、死に対して前向き…と言うか、割りと死をポジティブに捉えている部分があったりもして、他の方に比べれば安易に「楽に死なせてくれねぇかな?」と思うトコロもあるような気がします。

これは極めて個人的なハナシで、人工透析を受けつつ「頑張って生きよう!」と努力されている方々のお気持ちやお考えを否定する気は一切ありません。あくまで俺自身へ向いた個人的な思いの一つと受け取って頂ければ幸い。

人工透析を受けている身である都合上、俺は一日一食の生活をしており、お水すら満足にクチへ運べません。正直に申し上げて、結構しんどいです。

一方、俺は家族とも疎遠であり、どうやら両親は俺が人工透析患者となったことを人伝に聞いて知ってはいるようであるものの、死んだら死んだで息子の葬式を出したりするのが面倒(負担に思う)らしく、いつ死ぬか、いつ死ぬかと冷や冷やしている様子。(つくづく両親とは疎遠なので詳しいことは分かりません。それとなく親戚の方から伺いました)

俺自身としても、『疎遠だから』と散々大きくなるまで育てて下さった本来であれば感謝すべき両親を遠ざけるような親不孝をして置いて、いざ死んだとなれば更なる迷惑を掛けざるを得ないことを心苦しく思っています。

上で述べたように、「もう人工透析を受けない!」(今の俺の場合なら血液透析施設へ行かない)と決めてしまえば、放って置いても死ぬでしょう。

ただ、その前には非常に苦しい状態(かつて経験した肺水腫の状態)が待っています。

「そんな図々しい!」と言う非難は覚悟した上で、俺は痛いことや苦しいことが心の底から嫌いです。

「もう我慢はツラい!血液透析なんて受けるものか!」と心に決めて、いざ苦しくなれば、「やっぱり透析を受けさせて下さい!」と施設へ駆け込む様は想像に難くありません。

だから死ぬとなったら死ぬとなったで、何月何日…と決めさせて頂き、それなりの準備を自ら整えて、なるべく楽な方法で逝かせて頂きたく。

要するに”安楽死”です。

今のまま、”単に透析を拒否する”と言った方法では、いつ死ぬか分かりませんし、準備のしようもありません。

ところが、逝ける日付だけでも決められることが許されるのであれば、その日に合わせて自身の葬式を設定することも可能ですし、余生(?)も計画的に過ごせます。

最期に会いたかった人と会い、最期に頂きたかった物を頂き、最期に見たかった景色を見て、沢山の冥土の土産を持ち、大きな悔いなく逝くことが出来るでしょう。

「透析を拒否したものの、いつ死ぬのやら分からない」では色々と不安です。経済的にも。『自分の葬式代ぐらいは残して置きたい』とは思えど、不思議と生き続けてナンダカンダお金を使い果たしてしまうかも知りませんし。

(逆にタチマチ死んでしまって、余計なお金を残して逝くのもモッタイナイような…(笑))

今なら僅かながら貯えもありますから、安楽死の費用として自分のお金を使うことも出来ます。

「都合の良い安直な自殺志願者の延長線上にいる透析患者の戯言」と受け取って頂いても構いませんが、今の俺は、そんな風なことを考えている次第です。

一方で、こんなニュースに強い希望を見出したりもしました。

そりゃ元気な頃へ戻れるに越したことはありませんよ!
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プロフィール

nanny

恥ずかしがりで寂しがり。

Iga腎症、アトピー性皮膚炎等、様々な病気と付き合っており、現在は血液透析(週に3回 1回4時間)を受けている元腹膜透析(CAPD)患者です。

糖尿病がありましたが、40kg以上の減量に成功し、現在は寛解しています。

2009年7月3日に原因不明の卒倒をして以来、離人感を抱くようになりました。

ブログでは日々思った色々なことに就いて書いています。

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