かねがねがちぶ。

人生踏んだり蹴ったり。

2017年05月

仕事は深夜1時に終わった。

昨日の記事を書いてから、ずっと目を酷使し続けているような気が致します。

ブログを書くのもパソコンなら、お仕事(第二の副業)をするのもパソコンで、ちょっと休憩しようと思ったら、やはりパソコンを使って動画配信サイトの映画を観、いよいよ眼精疲労も限界と、ディスプレイの電源を落とし横になっては本を読む。

俺の場合だけだと思うのですが、余りに目の疲れが酷いと、却って目を休ませられなくなるんです。

休ませようと思って目をつぶると、眼球に強い熱感があって、瞼が焼け(?)そうになる。

使い過ぎた目は痛く、その痛みのせいで眠ることもできず、つい目を開けてしまう。

目を開けて何をするかといえば、スマホを見るか、読書をするか。

結局は起き上がり、パソコンに向かう。

部屋を暗くして、ひたすらジッとしているのも退屈で。

つくづく落ち着きのない人間なので、そのような際にも困ります。

ただジッとしているだけとなると、何だか時間を無駄にしているような気がしちゃう。

それでスマホを見るなりパソコンに向かうなりしてしまうワケだけれど、それにしたって別に大して有意義なことをするワケでもなし。

目の疲れのせいで、仕事をするにしろ、全体にパフォーマンスは落ちているんですよ。

スピードも出なければ、クオリティも低い。

後になって細々と修正したりする必要に迫られることを考えれば、一度しっかりと休んで、調子を整えるべきでしょう。

そこで休もうとしない。

若い頃の動き方が抜けていないのかなぁ。

確かに以前は、ここまで目が疲れることもなかったような気が致します。

そう。

目が痛いぐらいに疲れる

なんてことは、若い頃にはなかったハズ。

夜っぴて『バイオハザード(テレビゲーム)』を夢中で遊び尽くしても、ちょっとショボショボとするぐらいで、目が痛くはなるようなことはありませんでした。

歳かぁ(+_+)

その内に、耳が遠くなったり、食べ物の味が良く分からなくなって来たりもするのでしょうか。

若い頃との違いとして、老いに対する懸念が、よりリアルでシリアスになった点も挙げられます。

『歳を重ねて動けなくなったら嫌だなぁ』

じゃなくて、

『歳を重ねて動けなくなったら怖いなぁ』

みたいな"恐怖"になりました。

今の内に死んじゃうのも何かモッタイナイし、余り歳を重ねるのも恐ろしいし。

どうしたものやら(^_^;;

仮に歳を重ねたとしても、今と変わらず、ある程度は元気なままであることが望ましいですね。(俺は現時点で既にヤバい状態だが…)

んで、逝くとなったらポックリ逝くと。

その為には…。

とりあえず今、目を休めるべきですね(^_^;;

頑張って大人しくしています(+_+)

かさねがさね。

誤字や脱字、(目に余るほど)おかしな文章を使っていたりするようなことがあるのも恥ずかく、割りと

自分のブログを自分でチェック

することが度々あるのだけれど、先ほど、ふとブログを開くと…

500001

ご訪問者さま総数、50万を達成しておりました。

無理だと思われていたのですが、何故か昨日今日とアクセス数が急伸し、皆さまのおかげをもちまして、開設10周年の記念日にして、50万人のご訪問者さまをお迎えするに至りました。

或いは、10周年の祝儀とばかりに、昨日今日と、日に何度も訪れて下さった方があったのやも存じません。

見れば見るだけ……ブラウザなりを更新すれば更新しただけ……数字を伸ばす仕組みのカウンターですから。

これもまた、ありがたいことです。

常日頃、読者の皆さまに対しましては、感謝の言葉ばかりを述べている為、俺の「ありがとう」もいささか軽くお感じになられているのではないでしょうか。

とはいえ、「ありがとう」以外の言葉も見付からないのでございます。

公開されてはいるものの、自らの日記である当ブログに嘘を書きたいハズもなく、「ありがたい」とさえ思わなければ、「ありがとう」とは書きません。

そもそも、どんな些細なことにでも、とりあえず感謝をするような、そのような人間でもないのです。

だからこそ、「ありがとう」と申し上げる他に、適切な謝意の伝え方を知らないのかもしれません。

そのようなことも含めて、これからもブログと接しながら、色々と学んで行きたいと思います。

「本当にありがとうございました」

等と書くと、

「『本当に』って何だよ!じゃあ今までのは嘘かい!」

とつっこまれてしまいそうなので、やはりそれ以上の表現が見付からず。

文章を書くのが何より好きだといいながら、語彙もなければ知恵もなく、お恥ずかしい限りですが。

ありがとうございます。

ケルン。

本日は当ブログを開設した日。

10年前の今日、当ブログは開設されました。

当日になれば、何か、もっと、こう、感動と申しますか、感慨深さのようなものが得られるのではないか?みたいなことを漠然と考えてはいたものの、いざ当日になってしまえば

別に何ということもない

ですね(笑)

いつもと変わらぬ調子で、相変わらず書くこともありません。

どうしようもないな(^_^;;

まぁ、元旦なんかもそうですよね。何となく雰囲気で、特別な感じは受ける一方、

別にいつも通りの夜が過ぎて、いつも通りに朝が来ただけ

といってしまえば元も子もないという。

そんなワケで、平常心を保っております。

今日はドカンと10周年のことに就いて書こうとばかり思っていたものですから、もう本当に書くことがなくなってしまいました(笑)

書くことがないとはいいつつも、いつもそれなりの考えはあるのですよ。

ちょっとぐらいのアレやコレやはアタマの中にある。

それが今日はありません。

とにかく、10周年のことで記事が一本、書けると思っておりましたので。

そんなに甘いものではありませんでした(^_^;;

油断してたなぁ。

そもそも10年前たって、2007年なんですね。

もう四十も過ぎたおじさんからすれば、2007年なんて、つい最近のことですよ。

確かに色々なことはあったけれど、どうやら俺にとって、10年の価値は、大した重さもないものなのかも知れません。

腎臓を患ったり、体重が半分になったり、友達ができたり、色々なことはありました。

ただ、単に"10年"という数字に特別な意味を見出だせないのでしょう。

好きでやっている日記ですし。

これがね、『100万円まで貯めよう!』とか、『フルマラソンを完走しよう!』とか、最初から確固たる目標があるものならばともかく、日記にはゴールなんてありませんもの。

それが1ヶ月だろうが1年だろうが10年だろうが単なる通過点に過ぎません。

それは頂のない山の如し。

俺は今日ここにブログ開設10周年のシルシを突き立てた!

ただ、ゴールはなく、どこにゴールがあるかも分からない。

果てしない…。

とはいえ、好きで続けていること。ゴールがないのも幸せなことかと存じます。

ずっと、好きなだけ続けていられるのですから。

しかしながら、自らをねぎらう念はない一方で、読んで下さった皆さんに対する感謝の念は大きくございます。

いつも気まぐれで、手前勝手なことばかりを書いている。

そんなテキトーなブログにお付き合いして下さる皆さんに。

ありがとう。

前夜。

日付が変わりました。

5月29日。月曜日です!

いよいよ当ブログ開設10周年が明日(5月30日)に迫り、内心、ちょっとドキドキしております。

(とはいえ、当の5月30日に書かれるであろう記事は、専ら「10周年だ」という内容ばかりで、他に取り立てて書くこともないような気はしている(笑))

ちなみ、

開設10周年の記念日にして50万人目のご来訪者さまをお迎えする

目論見は、どうやら叶いそうにありません。もし叶うとすれば、今日明日で併せて1000近いアクセスの獲得が必要で、一日に多くても300アクセスがやっとの当ブログでは、不可能と判断せざるを得ないでしょう。

もっとも、上記リンク先の記事にある通り、そちらに就いては、特にこだわるつもりもございませんので、さして気にはなりません。

10年も続いたことに、気が早くも自分で驚いております。

まぁそのハナシは、(ぴったり10周年の日に当たる)明日に致しましょう。(そうしないと明日に書くことがなくなっちゃうから(笑))

血液透析の方に於きましては、IHDFという新たな透析法を取り入れてから、丸2週間になろうかという頃です。

元々、血液透析中に具合の悪さを感じたことがほとんどないせいもあって、IHDFにしたからどう…といったことも俺に関してはないのだけれど、やはり人によるらしく、血液透析の開始を待つ間、ロッカールームやロビーでお話しさせて頂いた感じですと、早々に元の血液透析へ(担当のお医者さんに希望を出して)戻された患者さんもあると伺いました。

血液透析中の不調といっても様々で、正直に申し上げると、

『それって気のせいなんじゃないかな…?』

と感じられたようなことも含め、やはり合わない方には合わないようです。

腎移植を受けなければ命が尽きるまで受け続けることになる人工透析ですから、長い目で見た場合の効果や影響も気になっております。

そればかりは長く受け続けてみないことには分からないことですし。

仮に長く受け続けられとしても、結局は結果論に過ぎないワケで。(もしかしたら、そのまま通常の血液透析を続けていた方が長く続けられた可能性だってゼロではなく、その辺の確かめようはない)

いずれにしても、元気(?)に人工透析生活を続けることができれば、それだけブログも続けることができ、長く生きられれば、ひょっとするとナンタラ細胞で作られた新しい腎臓を入れてもらえるような日に間に合うかも知れません。

常々「書くことがない書くことがない」と、慢性的なネタ不足に陥ってはいるものの、やはりブログやTwitterを始めとした文章を書くことは大好きで、もっともっと書いていたいのです。まだまだまだまだ書き足りない気もするのです。特に書くこともないクセに(^_^;;

色々とご迷惑やご心配をお掛けしてしまうでしょうが、もう少し頑張らせて頂ければ、幸いに存じます。

俺も、いっそうの"摂生"と"節制"に努めたいです。

幻覚の季節。

今日は何かあったかな…。

東京はよく晴れているものの、太陽のチカラ(?)が強いせいか、強い離人感があります。

特に幻聴や幻覚が強く、驚くこともしばしば。

チラリと目をやった部屋の壁に大きな虫がいたように見えて、ハッと二度見する瞬間みたいのってあるじゃないですか。

もちろん、実は虫なんていなくて、単に気のせいだったりすることも多いと思うのですが、一瞬、ヒヤッと肝の冷えるような思いをさせられますよね。

幻覚があると、それが頻繁です。

ず〜っと長いこと見えている幻覚というのもそうはなく、だいたい俺の場合は視界の隅にチラチラと現れます。

見ようによっては、どういうワケだか頑なに人目を忍んで生活している妖精さんや、アリエッティの一族みたいのがアチコチにいるかのように感じられるぐらいです。

そう書くと、少しメルヘンチックで楽しげなモノに感じられるかも知れないけれど、幻覚と自覚している以上、邪魔というか、不気味というか、いささか鬱陶しい(+_+)

部屋に一人でいる時であれば良いものの、人目のある表だったり致しますと、びっくりしたような顔をして急に視線の先を変えたり、何もない一点を凝視していたり、顔の周りにまとわり付く"何か"を振り払うかのような仕草を頻繁にしていたり、

ちょっと危ない人

に見えているかも知れません(^_^;;

実際に何度か職務質問を受けたこともあります。

この職務質問も恐ろしく、血液透析を受けている都合上、俺の左手には、普通では考えられない、おびただしい数の注射針の痕が常に残っているんですよね。

もしかすると、それを

いけないお薬の注射した痕なのではないか?

と疑われてしまう可能性がある。

ましてや、上の通りであった場合、職務質問のキッカケは

不審な行動(挙動不審)

だったワケで(+_+)ヨケイ アヤシイ

いくら慣れたとはいえ、俺の目には確かに見えているとなれば、ついつい気にもなってしまいます。

とはいえ幻覚も、もうちょっと上手いことあしらえるようにならないと。

危ない人だと思われたくもありませんし(+_+)
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プロフィール

nanny

恥ずかしがりで寂しがり。

Iga腎症、アトピー性皮膚炎等、様々な病気と付き合っており、現在は血液透析(週に3回 1回4時間)を受けている元腹膜透析(CAPD)患者です。

糖尿病がありましたが、40kg以上の減量に成功し、現在は寛解しています。

2009年7月3日に原因不明の卒倒をして以来、離人感を抱くようになりました。

ブログでは日々思った色々なことに就いて書いています。

今日の暦