かねがねがちぶ。

人生踏んだり蹴ったり。

2020年01月

下手の横好き。

『ブログの記事が短文だって構わないじゃないか』

と考えを改めた自分を正当化するワケでもないけれど、特に俺みたいな作文が巧くもない人間の場合、やはり短い文章の方が良いような気がしてまいりました。

確かに、ダラダラと続く下手な長い文章を読ませられる方も苦痛ですよね。

そんなアタリマエにブログを12年も続けて気がつきました(笑)

いや、もしかするとどこかで、

「俺の文章は面白い」

という自負があったのかもしれません。

グイグイとまではいかずとも、ある程度は人を惹きつける、

読ませる文章

を書ける自信があったのだと思います。

確かに、ブログを始めかなりの量の文章は日々書いている(文章を書く練習はしている)つもりなので、そこまでひどい、読むに耐えないほどの文章にはなっていないと思うのだけれど、そこまで面白い文章でもないよね(笑)

文章の上手下手以前に、まず内容がありませんし(^_^;;

そんな事実に気づいたトコロでふてくされず、楽しみながらブログは続けていこうと思います。

他に何の才もないだけに、多少の文才だけは備わっているハズと思っていたのですが、どうやらそれも勘違い。

そこは確かに残念でした(+_+)

俺はカード持てないだろうけどな。

仕事やら諸々の雑務やらで少し忙しい日々が続いております。

それに伴い、ブログの執筆に余り多くの時間を割けなくなってしまいました。

そもそものネタ不足に加え、決して速筆とはいえず、だいたいブログの執筆には……何を書こうか考えている時間も含めると……1時間近くかかります。(こんなブログなのに(笑))

それが今は厳しい。

加えて、そもそも書くことがないのに、それをなるべく長文にしようと引き伸ばす行為が、自分への負担のみならず、実は読者の皆さま方にとっても迷惑なハナシなのではないかと考えるようになりまして(^_^;;

内容が薄いなら薄いでサクッと短文で済ます。

そんなブログの方が読んでくださる側にとっても良いような気がしたのです。

『短文ならTwitterで書けば良いしな』

とは思わず、これからは何もないなら何もないで短文の方が好ましいのではないかと。

ただ好きで続けているだけのブログですし、何も恐れず取り組みたいと心得ます。

そう思うに至るきっかけを与えてくださったのは、一本のテレビコマーシャルでした。

その動画をご紹介し、本日の締めとさせていただきます。


インデックス。

いつもは色々な作家さんが書かれた本を雑多に読み漁るのですが、最近は誉田 哲也(ホンダ テツヤ)さんの本を立て続けに拝読しています。

もしかすると、この作家さんのお名前にはピンと来ない方がいらっしゃるかもしれません。

とはいえ、以前に竹内結子さん主演でドラマ化(映画化も)され、その後に主演を二階堂ふみさんにしたリメイク版が制作された刑事ドラマ

『ストロベリーナイト』(二階堂ふみさん版のドラマタイトルは『ストロベリーナイト・サーガ』)

の同名原作小説を執筆された方と書けば、お分かりになる方も多いのではないでしょうか。

間を10年と空けずして、同じ原作を持つドラマのリメイクが作られたのですから、その人気の程が窺えます。

純粋な『ストロベリーナイト』シリーズ(誉田さんが書く別シリーズの作品の中に於いても、チョイチョイ『ストロベリーナイト』シリーズとの接点が見受けられる)としては現時点で8作品が出ており、つい先日、その7作目、『インデックス』を読了しました。

 気づかぬうちに、自分はこうあるべきという型に自分を押し込めてしまう。その型は次第に厚みを増し、硬さを増し、自分でも容易に脱ぐことのできない、重たい鋼の鎧になってしまう。さらに怖ろしいのは、そうなった状態が自分にも、第三者にも認識できないということだ。鋼の鎧は、そもそも自分の頭の中にしか存在しないのだ。
 目標を持ち、それを達成しようとする。それ自体は素晴らしいことであり、人とはそうあるべきだと、玲子自身も思ってきた。しかしその意欲が知らず知らずのうちに、自分の精神や肉体を壊死させる危険性があるのだとしたら、人は一体、何を道標にして日々を生きればよいのだろう。がんばらないのは駄目、でもがんばり過ぎても駄目。ではその線引きは、どうやって見極めたらよいのだろう。誰なら見極められるというのだろう。

誉田 哲也 著 『インデックス』より引用

その中に、上のような文章があります。

正直、誉田さんには申し訳ないけれども、手放しに名文と称えられるほどの文章でもなく、アタリマエのことを素直に表現しているだけともいえるでしょう。

この前後の文脈からして、玲子(このシリーズの主人公である女性警察官)の心の声とも考えられるので、それはそれで小難しい表現を敢えて避けたのかもしれませんし。

ともあれ、この2段落の文章が、妙に印象的でして。

何となく、今の俺が悩んでいる部分と重なるからでしょう。

このブログのあり方

とかも含めてね(^_^;;

特に俺の場合は、責任ある警察官という立場の玲子と違い、本当にドーデモイイ、ショーモナイ部分にこだわって、身に着ける意味もなければ得もない

鋼の鎧

の重さに苦しんでいるのだから、愚かでしかありません。

しかも、この鋼の鎧が、脱ごうとしてもなかなか脱げない。やっと脱げたと思ったら、やっぱり着込んでいたりして(笑)

上で引用した文の中にある通り、

そもそも自分の頭の中にしか存在しない

だけに、タチが悪いのです。

誉田さんの書かれた本でなくても、いつか数多の本や文章と触れる内、そんな鋼の鎧の脱ぎ方のヒントだけでも得られる日が訪れるでしょうか。

そう願いつつ、今日も新たな文を探しています。

インデックス (光文社文庫)
誉田 哲也
光文社
2017-08-08

うつうつと。

恐らく季節的なものなのでしょうが、少し前にも書いた通り、メンタルの調子がかんばしくありません。

…。

そこで筆が止まる(^_^;;

仕事や血液透析の面でも、ちょっと嫌なことが続いており、それを吐き出すように書きたい気持ちがなくはないものの、どうも愚痴を言ったり書いたりが苦手なタチで、何をどう書いて良いか分からず。

 「毒にも薬にもならないブログ」

と評されて長い当ブログですが、

敢えてそのように書いている

のではなく、

このようにしか書けない

のが実情です。

これが自分のことではない小説であればともかく、こと日記や(自分自身の内面を書く)ブログとなると、途端に書けなくなってしまいます。

俺は自分で自分のことを

世界の中でも最低の人間

ととらえている部分がある為、特に他人様がからむ問題に関しては

俺のような人間が他人様を軽々しい気持ちで悪く書いて良いハズがない

と思ってしまうのです。

だから、たとえ心の中には何かしらのワダカマリがあったとしても、それを表明することは難しく、結局は

自分が悪かった(何か嫌な目に遭っても、そもそもの原因は自分にあった)のだろう

と結論づけ、自己嫌悪に陥ってしまうのでした。

要は、嫌なことがあると、それに加えて、自分からも自分を攻撃してしまうのです。

従って、嫌なことは倍になります。

更に、無理に自分を責めようとする自分にも疑問を感じ、そんな自分をも嫌になってしまう。

つくづく、面倒な人間です。

どうしてこんなにも歪んでいるのでしょうか。

余り深く考えると気持ちが悪くなるので、今回は筆を置くことにします。

色々なことに気づかせてくれる反面、ブログはキツいです。

食べたい物が食べたい。

やる気が出ないのに加えて、花粉症もひどくなりつつあります。

最近は珍しいことに食欲まで余りありません。

……

いや、正確に記せば食欲は人一倍ある。

ただ、食べたい物と食べられる物の不一致が原因なのだろう。

いずれにしても食材に対しては申し訳ない限りだ。

食べられるだけでもありがたいことだというのに。

そんな厚かましい自分にも嫌気が差す。

……

血液透析を受けている関係上、やはり

何でも好きな物ばかり食べる

ワケにもまいらず、皆さんが想像するような健康食ということは決してない……人工透析を要するまでに腎臓を傷めてしまうと、いかにも健康に良さそうなイメージがあるミネラル等も却って摂りにくくなる……ものの、やはり塩分を控えた薄味の物が中心になり、どうにも味気なく、食べることに対する興味が薄まりつつあります。

食べることに興味がなくなると、特に独り身の人間からすれば、そんな自分の為だけに調理することさえ億劫になりがちです。

だからといって、好きな食材を揃え、味付けの濃い料理を作れば、それはそれで美味しく頂ける一方、後から喉が渇いたり……人工透析患者は飲む水分の量に制限がある……、それはそれで後悔する結果となることを知ってもいる。

元気が出ない→食欲も起きない→余り食べない→元気が出ない

そんなスパイラルに陥っているような気さえするのでした。

その結果、数値としての体重ばかりでなく、身に着ける物のサイズからして痩せつつあることに気づかされます。

サイズが決まった腕時計をすれば文字盤が上にあったり下へ行ったりクルクル回ってしまうし、仮にベルトがなくてもズリ落ちることまではなかったズボンがベルトなしでは履けなくなったり。

かつてはなかなか痩せられず悩んだ(かつては100kg近くありました。今は何とか55kgありますが、体重が減少傾向にあることは確実だと思われます)ものだけれど、今は太れずにいて困っている。

やはりただ痩せりゃ良いってものでもありませんね。

何でも美味しく食べられることが幸せです。

食欲はなくても、ちゃんと作ってしっかり食べなきゃ。

〜追記〜

かつての100kg(正確には98kg)から今の体重までは

体を悪くしたせいで勝手に体重が落ちてしまった

ワケではなく、自分の意志で減量したり増量させたりした結果であることを付け加えておきます。ただ、

自分で体重のコントロールができていればまだしも、食欲がなくなったり、何らかの理由で食べられなくなってしまったりして、自分の意志に反して体重が変わってしまうことは望ましくない

という主旨です。

ちなみに、体重は落ちようとも血液検査の結果が極めて良好(=いちおう必要な栄養は摂れるだけ摂れている)であることに変わりはありません。

その点に関しましては、ご心配なく。
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プロフィール

nanny

恥ずかしがりで寂しがり。

Iga腎症、アトピー性皮膚炎等、様々な病気と付き合っており、現在は血液透析(週に3回 1回4時間)を受けている元腹膜透析(CAPD)患者です。

糖尿病がありましたが、40kg以上の減量に成功し、現在は寛解しています。

2009年7月3日に原因不明の卒倒をして以来、離人感を抱くようになりました。

ブログでは日々思った色々なことに就いて書いています。

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