かねがねがちぶ。

人生踏んだり蹴ったり。

2020年03月

お会いしてみたいものです。

最近、デジタル技術も色々とスゴいじゃないですか。

いつだったか、可愛らしい女の子の写真をネットで拝見したことがあります。

ところがその女の子、

現実には存在しない人物

らしく。

要するに、コンピューターでもって作られた、架空の映像だったワケです。

それは静止画だったけれど、いずれ更に技術が進歩すれば、

実際には存在しない……デジタル技術で造られた……俳優さん

が活躍するドラマ、そんなものが見られるかもしれません。

ところで、少し疑っている方があるんですよ。いやね、既にもうそんな

実際には存在しない方

がテレビで活躍されているんじゃないか?なんて…。

だって、これだけ芸能人がいらっしゃるワケですよ。それも、恐らく多くが首都圏に住まわれているものと思われます。別にそれがステイタスってワケでもなく、お仕事の都合上。

しかし、「実際にタレントさんを見かけたよ」なんてハナシは、そこまで耳にいたしません。

今はTwitterみたいな速報性の高いサービスもございますし、そんなタレントさんが巧いこと身を隠しながら生活するのも大変だと思うんです。見つかったらたちまちつぶやかれちまいますもん。

ドコドコのナントカスーパーでダレダレが買い物してる!

みたいなね…。

ちょっと、動画を3本ばかり続けてご覧ください。


 


 
北川景子さんご出演のコマーシャルです。相変わらずお綺麗だ。

さて皆さんは、何かお気づきになられませんでしたでしょうか。

お分かりにならない方は今一度、北川さんのお声とお口元に注目してご覧いただきたい。

…。

はい。北川さんの声はすれど、お口が動いておりません。北川さんの声に関しては、どうやら別にアフレコされている様子。

三つの全く別の企業、三 "社" 三様の広告、全てがそう。北川さんが、動画の上ではおしゃべりになっていない。

不思議じゃないですか。いっぺんに映像も音声も撮ってしまえば良いのに。

そこで俺は考えました。北川さんの映像と音声、実は別々に造られているのではないかと…。

あれほどお美しい方がこの世にあるものかと思われた北川さんが、実はデジタル技術で造られたバーチャル女優さんだったとすれば…。

果たして、DAIGOさんの奥さまは実在の人物なのでしょうか。

DAIGOさんのお宅の居間にいらっしゃるのは…。

〜追記〜

当然のことながら、素人作家が陳腐な想像力もたくましく、冗談で書いた記事です。

北川さんのファンの方を含め、関係各位には失礼をいたしました。

くだらん記事だと笑って許していただけると幸いです。

笑えもしないか(^_^;;

2点。

新型コロナウイルス騒動、未だ落着の光すら見えておりません。

(どうか「そんなん書かなくても分かるわ!」とは仰らずに。いちおう日記なので、何年も後に読み返すことを想定して書いております。ご理解ください)

んー。何だろね。いつならもうちょっと

何を書くか

考えてから筆を取るのだけれど、今日は勢いだけでブログの編集画面を立ち上げてしまいました。

俺は血液透析を受けており、その為に週に三回、施設(要するに病院です)へ通う必要があるのですが、腕に太い注射針を2本も刺して(その注射針からチューブが伸びて、腎臓の代わりをするダイアライザーや監視装置とつながっている。一本の注射針は汚れた血液が出ていく方、もう一本の注射針は機械を通して綺麗になった血液が返ってくる方)行いますから、まぁ衛生管理には気を遣うワケです。

もちろんスタッフさんはマスクをしておられますし、使い捨てのゴムだかビニールだかの手袋も欠かせません。

頻繁に手を洗うせいでしょうか、スタッフさんの中にはひどい手荒れに悩まされている方もいらっしゃるようです。

ウイルスがはびこる場所を選ぶハズもなく、新型コロナウイルスの感染は、入院設備を持つ病院や、介護施設のような場所でも確認されるようになってしまいました。

もちろん、メディアではハッキリと名言しないまでも、何となく

施設の管理不行き届き

をにおわせるような報道がなされ、個人的には

『それもどうなんだろうな』

という気持ちが否めません。

色々とだらしのない施設も確かにあるのでしょうけれど、言い方が悪いかな、お気に障ったらごめんなさい。ここまで至ると、もう

くじ引き

みたいなもので、どんなに気をつけていても罹る人は罹ってしまうし、逆に何故だか平気な人は平気だし、ウイルス検査で陽性が出たにしろ、

注意を怠ったから

とは一概に責められない状況にあると思うんです。

世には「コロナチャレンジ」と称し、

自ら感染リスクの高い行い(消毒されていないドアノブを舐める等)を敢えてするヤカラもあると聞き及びますし、外出の自粛を要請される中、ゴキゲンで出かけていく者もあるでしょう。

そうなると、確かに、

『どこからが自己責任なの?』

みたいな疑問は浮かぶものの、さすがに「コロナチャレンジ」までやっちゃっている人はともかく、感染してしまった方を責めたりするのは違うんじゃないかと。

病院や介護施設だって悪の組織じゃないんだから、まさか患者や利用者に

コロナをくらわせてやろう

なんてことは微塵も考えていないハズですし、マスクや手袋、消毒液さえ少なくなる中、いずれの施設も何とかやりくりして必死にやっているのだと俺は信じています。

感染する病気であることに違いはないので、

「感染者に近づかない」

「感染者を避ける」

これはあるでしょう。それは判断として誤りじゃない。ただ、だからと言って

感染者の方を殊更に責めたり、

感染源となった場所をさも呪われた場所ででもあるかのように扱ったり、

そういうのは違う気がしてなりません。

何を伝えたいのか分かりにくいでしょうか。やっぱり俺は作文が下手ですね。ここまで勢いで書いてきて、ちっとも書きたいことが書けていないような気がし、正直、落ち込んでいます(^_^;;

悪いのはあくまで病気で、人じゃない。

今は疑心暗鬼になって殺伐とする状況じゃなく、互いの理解と協力が必要な時期なのではないでしょうか。

意地の悪い見方は、嫌いです。

ただ、同時に、もし自分が感染者となってしまった場合、それは自分一人の問題でなく

「人に感染させてしまうかもしれない」

「仮に自分は軽症で済んでも、感染させてしまった人が重症化するかもしれない」

その二点だけは肝に銘じておきたく存じます。

〜追記〜

今回の記事で

とことん作文が下手なのだ

と思い知らされました。

読みにくいし、内容はアッチコッチだし、無駄に長いし…。

ごめんなさい。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

雪に桜。

昔に見た映画だったかドラマだったか、はたまた劇画だったのか、こんなシーンがございました。

……

二人の剣術の使い手がいた。二人とも幼馴染であり、同じ剣術道場に学んだライバルでもある。

何かキッカケがあって、二人は親友でありながら、互いに斬り合わねばならぬ定めとなった。

ちょうど桜の時期で、二人は縄暖簾をくぐったり、盛り場で派手に遊んだり、大いに春の宵を楽しむ。

「夜桜でも眺めながら歩こう」

二人は肩を並べ、はらはらと散り始めの桜が舞う中を、時に声を上げて笑いながら歩いた。

ある大きな桜の木の下で、何となく二人は立ち止まる。

「ここが良いかな」

「うん。ここは良い」

そう言葉を交わしたきり、すっかり笑顔を消した二人は対峙し、互いに鯉口を切った。

散々笑い、幼い頃からの思い出を語り合った夜、どちらから言い出すワケでもなく、二人は決着をつけることに決めたのだ。

気がつけば桜の花びらに混じり、雪まで散り始めている。

長い長い睨み合いの後、実力が拮抗する二人の戦いは意外にも一瞬で終わった。

倒れた敗者の骸の上に、桜の花びらが混じった雪が薄く積もっていく。

……

その最後のシーンが実に印象的で、いつの頃からか、俺は

満開の桜と雪との共演

を見てみたいと願うようになりました。

確かに、今までも桜(ソメイヨシノ)の時期に雪が降ったことはあれ、どうも

俺が見たい情景

とは違い、まだまだ咲き始めで桜の花が少ない頃の雪だったり、既にほとんど散った後の雪だったり、或いは雪の降り方にしても、ふわふわと美しく舞う印象でなく、びしゃびしゃとしたミゾレ混じりだったり、ビミョーな感じだったのです。

それが昨日(日付変わって日曜日)の東京は冷え込んで、まさに雪らしい雪が降りました。

まだまだソメイヨシノも咲いています。

遂に俺は

あの憧れの風景

を見たのです。

一方、上で書いた剣術使い同士の決闘のイメージと、今までついぞ見ることの叶わなかった景色の "レアな" 印象とが重なった結果なのか、いつの頃からは俺は、

その桜と雪の共演を見た年が即ち自らの命が費える年なのかもしれない

という、

縁起でもないこと

を考えるようにもなっていました。

奇しくも世界規模で危険なウイルスが猛威を振るう2020年、春。

俺が夢にまで見たあの光景は、果たして吉兆なのでしょうか。凶兆なのでしょうか。

きっと吉兆であったと、願ってやみません。


乱れ。

いつだったか、

丁寧に生活しよう

みたいな記事を書いたと思います。

それがどうにも精神的に参ってしまい、憂うつというか、何をするにも億劫で、仕事にしろ血液透析にしろ

外へ出かける必要がある

となれば髪型を整えるなり顔を洗うなりする気は起きるのだけれど、

誰とも会わず家でじっとしている

となると、顔を洗うのも面倒で、この文章を書いているのは

朝から顔も洗わず、寝間着のまま着替えもせず、どうにも疲れた顔をしている

冴えないおじさん

に違いありません。(今日は鏡も見ていない(笑))

潔癖の割りに

自分の体が汚い

のは割りと平気なのでした。

ただ、「汚い空間にいるのが大嫌い(部屋は清潔にしておきたい)」なだけで、「自分自身が汚い」分には別に構わないという、ちょっと変わった性分です。

……

従って、「血液透析を受けた日の晩に入浴できない」という原則は割りと苦でなく、むしろ『入浴しなくて済む言い訳ができてラッキー(お風呂は面倒くさい)』ぐらいに思ってしまう。

まぁ、入れば入ったで気持ちは良いワケだが、入るまでは腰が重い。

……

で、何だっけ?

ああ、丁寧な生活か…。

心が乱れると生活も乱れるのですね。

確か通っていた高等学校の校舎に、そんな標語の貼り紙がしてあったのを思い出しました。

逆に、どれだけ億劫でも面倒でも、生活の方をちゃんとしていれば、心の方が整っていったりもするのでしょうか。

マズいとは分かっていても、何だか今は荒んでおります。

気をつけなくちゃな。

逆に疲れた。

基本的に平日は第二の副業をしておりますし、土曜や日曜には第一の副業があり、併せて今は血液透析もございますから、

何もなくゆっくりと一日を過ごす

ことが一年を通しても近頃は滅多になく、

『たまには丸一日、ぽかんとお休みがほしいなぁ』

などと思うこともあったのですが、今般の

新型コロナウイルス蔓延防止の観点からの外出自粛要請

により、図らずも休日ができてしまいました。

そんなワケで、土曜日にしては珍しく、自宅におります。

休日といえば休日になったワケだけれど、何せ仮にも

外出自粛要請

が出ており、ここで「せっかくお休みになったのだから」と出かけていって、そこで

新型コロナをくらっても

バカミタイですし、そもそもこの経済的な苦境、果たして遊ぶ金もないのでした(^_^;;

クルマの運転が好きなので、ドライブにでも行きたい気持ちはあれ、それにしたってガソリン代やら何やらかかってまいります。

うーん…。

少なくとも「おやすみ!」って感じではありませんね(笑)

ただ「家でじっとしている」だけです。

しかも一人だし。退屈。

神経質なタチがたたって(?)、改めて片付けたり掃除したりするような場所も住まいの中になく、テレビを点けたり消したり、小説を開いたり閉じたり、ひたすら無為に過ごしております。

やっぱり仕事をしている方が良かったかも。
月別アーカイブ
最新コメント
記事検索
プロフィール

nanny

恥ずかしがりで寂しがり。

Iga腎症、アトピー性皮膚炎等、様々な病気と付き合っており、現在は血液透析(週に3回 1回4時間)を受けている元腹膜透析(CAPD)患者です。

糖尿病がありましたが、40kg以上の減量に成功し、現在は寛解しています。

2009年7月3日に原因不明の卒倒をして以来、離人感を抱くようになりました。

ブログでは日々思った色々なことに就いて書いています。

今日の暦