もう十分は経っただろうか。相変わらず白いままのブログ管理画面を見つめながら、小さく息を吐いた。

恐らく溜め息なのだろう。しかし彼は誰から問われるわけでもなく、心の中でそれを否定した。

始めて十二年目に入ったブログ。やはり取り立てて書くことがないことには違いがない。

また息を吐く。溜め息ではないか、という自分の中の疑念を封じるかの如く、今度の息は鼻から出す。

『鼻から出しても溜め息は溜め息か』

そろそろ梅雨へ入ろうかというのに、少し肌寒いぐらいの室内。その全てを離人感の薄い膜が覆っている。

それにしても。

彼は金もかからない"作文"という作業を愛してはいた。愛してはいたものの、"何を書くか?"を考える能力が欠如していた。

「だいたいこういった内容の文章を書きなさい」

と命じられれば、そこそこの文章を書ける自信はなくもない。

ただ、一からオリジナルの文章を書くことが苦手であった。

「書けるのに書けない」

その切なさは

「育てられるのに作り出せない」

と表すこともできよう。

そろそろ違和感を覚える頃だろうか。

この文章は何だ。いつもの慇懃さはどうした。

"作文"を愛するぐらいであるから、彼も物語をたしなむ。下手な小説を趣味で書いたりもしていた。

つい何日か前、一つのそれを書き終えた後、彼は自らが書くべき物語を失った。

俗な書き方をすれば

ネタが尽きた

のだ。

「育てられるのに作り出せない」

…。

そこで、趣味で書いている小説で用いるような言辞をブログで弄することを思い立った。

何せ文章というのも……彼にとっては……厄介で、ある一定の書き方に拘泥すると、同じ言語を使っているのに別のスタイルでは書けなくなってしまうのだ。

そこで脳の"作文"を司る部分

……

ここで何か格好の良い専門用語(ブローカ中枢であるとかウェルニッケ中枢であるとか)でも出したいところではあったのだが、少し調べて断念した。

利口なふりをした時の恥を知る男である。

……

を鍛えるべく、小説の書き方を忘れてしまわないよう、その練習の場として、ブログを選んだのである。

何せ小説とブログでは扱う文章の量が違う。

小説を書くつもりで臨めば、ブログ記事の一本などヘノカッパだった。

しかし脳の"作文"を司る部分はその環境の違いに戸惑っているらしく、ビミョーな混乱を来している。

ヘノカッパ。ビミョー。

これらの昭和Kハク体的な言辞を小説で用いることはない。これは明らかに

ブログ用

だ。まして小説にこんな無駄な改行が許されるはずもないではないか!

……

まだ無料だから良い。これをお金を出して購入した本だと思って読んでほしい。

スカスカで

空白だらけの

詐欺小説じゃないか!



思うはずだ。

……

いよいよ脳は混乱を極め、ここが小説なのかブログなのか良く分からなくなって参りました。

結局、ここでいつもの調子へと戻るワケでございます。

この余りにショーモナイ、練習という名の試みにお付き合い下さり、感謝です。

やっぱり小説は小説で、ブログはブログで、頑張って書き分けたいと存じます。