かねがねがちぶ。

人生踏んだり蹴ったり。

腹膜透析

延々とした一瞬。

少し遅いご報告とはなりますが、去る6月18日、血液透析に完全移行してから丸7年になりました。

もう当時からこのブログを読んで下さっている方もいらっしゃらないでしょうか、今の血液透析(週3回)を受ける前には腹膜透析と血液透析(週1回)を併せて受けており、更にその前には腹膜透析のみを受けていたものです。

当然のことながら、腹膜透析で使用するカテーテルは既に抜去済みで、これから腹膜透析を受ける方、またカテーテルの抜去を予定されている方に、

抜去後の痕はどのように残るのか

写真でお見せしようかと思ったのだけれど、どうにも撮影が一人では上手く行かず、抜去痕だけを大写しにしても意図の分からない写真になり、

これぐらいの大きさの痕がこんなふうに残ります

みたいなイメージを適切に伝える写真を撮ろうと試みると、場所が場所……腹膜透析用カテーテルは一般に下腹部へ埋め込む……だけに、

下手をすれば逮捕されてしまうような危険部位まで一緒に映り込んでしまう

始末で、写真は諦めました(^_^;;

敢えて言語での説明を試みると、

ヘソが二つある

が近いかもしれません。意外とカテーテルそのものがあった痕跡は小さく目立たず、むしろ抜去手術の際に内視鏡や器具(?)を挿入したと思われる傷痕の方が大きく、これがヘソに見えます。

説明になってない(笑)←笑えねぇよ。

俺は元々自分の容姿や肉体に全く自信がなく、創や痣の残ることに大した抵抗がない……ドコロか、少しカッコイイぐらいに思ってしまう……為、余り参考にならないでしょう。

50kg近い減量をしたせいもあり、腹部には肉が裂けたかのように見える稲妻状の線(肉割れ?)の数々も走っていて、正直、どれが何の手術痕なのか、改めて見ても良く分からなくなっていました。

とにかくヘソが2つある…。

詳しく知りたい方からすれば、何の参考にもなっていませんよね。ごめんなさい。

それぐらい、カテーテルを抜いてから時が経ってしまったという証左でしょうか。もう少し、上手に説明できると思っていたのですが。

俺の記憶が確かなら、やはり血液透析に完全移行したのと同時期に腹膜透析用のカテーテルも抜いたハズなので、それでも7年。

相当なことでもなければ記憶が薄れてもおかしくない時が経ってしまったということかな。

健康だった頃が懐かしいです。

もうその多くを忘れてしまいました。

とはいえ、まだ健康だった頃があるだけでも、幸いであったに違いありません。

静夜。

今日も何もないかな?

クリスマス…っても特に何をするワケでもありませんし(^_^;;

というワケで、12月25日。月曜日です。

俺は血液透析のある日ですね。

そうそう、透析といえば、12月22日で透析を導入してから丸7年が経ちました。

ありがたいことでございます。度々書いていることながら、今の時代とあっても、国によっては俺のような貧しい人間は人工透析を受けられず、ここまで生き永らえることができなかったかもしれませんし。

7年は長いですよ。当ブログも始まって10年。もう半分以上が人工透析に頼りつつ記事を書いている勘定になります。

そろそろ人工透析を受けずにいた頃の生活も忘れがちとなり、仮に腎臓の移植を受けるなりして元の生活へ戻れたとしても、しばらくはお水を飲むのも恐る恐るといった感じになりそうです。

(多くの人工透析患者は尿が出にくい都合上、水分の摂取には制限があります)

良いのかな…とドキドキしつつ水分を摂り、いよいよ大丈夫と知ればつい飲み過ぎて、今度は

そうだ!トイレに行かないとならないのだった!

と後悔しそうな(笑)

(上で書いた通り、今はほとんど小さい方が出ない為、まずトイレの心配からは解放される。3時間程度のクルマ移動ならトイレ休憩も挟まない。同じ理由で今は映画を観るにしても迷わず列の真ん中へ座るようになった。以前は上映中にトイレに行きたくなった時のことを考え、必ず通路側を選択していたのに)

クリスマスプレゼントに健康な腎臓が欲しいったって、枕元に健康なむき出しの腎臓が置かれているのもひたすらホラーですし、仮にこのまま夜が明けるなり健康な腎臓に戻っていたとしても、そうとは知らずにいつも通り血液透析を受けに行ってしまうでしょうし、そんなことを繰り返していたら健康な腎臓でも駄目になってしまうと考えられます。

何せ血液透析は週に何度も受けるものですから、もしかしたら、何かの奇跡が起きて腎臓が治っちゃう(人工透析を受けずとも生きられるようになる)人があるんじゃないか?なんて阿呆なことをたまに考えてしまうワケです。

何せ血液透析は施設へ出向けば自動的(?)に実施されますから、実際の腎臓の状態等は問題にされません。

例えば毎回の透析を受ける前に腎機能の検査なりをして、

「おー。良くなってますね。今週は透析を受けずに頑張ってみましょう!」

みたいなことはまずあり得ないワケです。

少なくとも現代の医学の常識として

慢性腎不全が進行した場合、腎機能は衰える一方で回復はしない

という前提に立っているからでしょう。

とはいえ、どんな難しい病にしろ「奇跡的に治った」というハナシは耳に致します。

『奇跡にしては割りとあるんじゃねぇか』と思ってしまうレベルで聞くこともあります。

そんなことを考えていると、

試しに一週間ぐらい透析をサボってみようかな…

みたいな愚がアタマをかすめるのでした。

けっこう、もうあと5分で透析を受けに出掛けなきゃいけないって時ぐらいまで、そんなことを目論んでいる日もございます。実は。

けっきょく、行くんだけど(笑)

透析をサボると、おっかない看護師長さんからたいそうな勢いで叱られるそうですし。←動機がおかしい。

ともあれ、せっかく7年も延ばして頂いた命を大切にしたいと存じます。

今にしても日々大変に貴重なプレゼントを頂き続けているようなものですから。

感謝。

わびさび。

日記と言いつつ昨日のことを書くシリーズ!(笑)

昨日(金曜日)は午後に血液透析があり、特にウチですることもなかった為、少し早めに出掛けたんですよ。血液透析を受けさせて下さる施設へ。東京は午後から雨と予報されておりましたし。

血液透析は患者個々のベッドに寝転んだ姿勢で受けますから、施設にはロッカー室があり、まずは寝間着のような簡単な衣類へ着替えるワケです。

「他にウチですることがなかった」たって、施設へ早く着いてしまったトコロで、やはり「すること」はございません。

血液透析の開始時刻は決められております……早く来たからといって、早く受けさせて頂けるワケではない……し。

ロッカー室でボーッとしていると、個々のロッカーの扉に貼られている患者の名がプリントされたシールの横に、別の丸いシールも貼られていることに気が付きました。

あの、カレンダーや何かに、とりあえずの目印として貼っておくような、まん丸で色の着いた、簡素なシール。

俺のロッカーにはオレンジ色のシールでした。お隣のロッカーには緑のシール。黄色の方もある。

暇だったので、『そのシールは何なのか』を考えることに致しました。

明らかな何らかの意図は感じられます。きちんと色分けされて、ぴったり名前シールの真横に貼られている。

やがて、色は全部で5色しかないことに気付きました。

赤、緑、黄色、青、黒…だったかな?

オレンジに見えた俺のシールは、古くなって色が褪せてしまった、赤いシールだったのです。

ふむふむと考えます。少しして思い付きました。

『血液透析を受ける時間』

を表しているのではないか?

この施設での血液透析は、月水金曜日の午前と午後と、火木土曜日の午前と午後とに分かれて実施されます。

そして、お仕事の都合等で夜にしか血液透析を受けられない一部の患者さんの為、夜間の透析も行われているらしいです。

そのシフト(?)を示すシールなのではないかと。

例えば、

月水金の午後の患者さんには赤シール、同じく月水金の午前の患者さんには緑マーク…といった具合に。

それならば、5色に色分けされていることにも納得です。

月水金曜日の午前と午後

火木土曜日の午前と午後

そして、夜間(曜日がどうなっているのかは良く分からない)

パートは5つ。色も5色。ぴったり。(夜間透析の患者さんはそう多くはいらっしゃらないので、曜日に関わらず一色でまとめられてしまっているのであろう)

そこで、俺と同じ曜日・時間に血液透析を受けていて、仲良くさせて頂いている患者さんのロッカーを探すと、やはりお名前の横には赤いシールがありました。

どうせ正解も確認のしようがありません。(する気もない)

『きっとそうに違いない』

と勝手に満足し、俺の推理ゲームは終わりました。

そう思いながら各々の患者さんへ充てられたロッカーの扉を眺めていると、いかにも貼ったばかり!といった印象の、ピカピカで色も鮮やかなシールもあれば、俺の赤いシールのように、ほとんど色が抜けてしまってくすんだシールもあります。

くすんだシールは、それだけ長く貼られている、ということでしょう。

シールの古さは血液透析歴の長さです。

もちろん、長きに渡る血液透析生活の中で、他の施設から移って来られた患者さんもあれば、個々の事情でシフトを変更した患者さんもあるかとは存じます。

従って、一概に

シールが古ければ長く血液透析を受けられている患者さん

シールが新しければ最近になって血液透析を始めたばかりの患者さん

とはいえないのでしょうが、少なくとも俺のシールからは、5年の時の流れを感じたものでした。(俺の場合も腹膜透析時代がある為、必ずしも人工透析歴=血液透析歴ではない)

たまたま昨日になって気付いたというだけのハナシで、恐らく、そのシールは、俺が今の施設へ通うことになった際に貼られた物でしょう。

当時はピカピカの赤であったハズです。

それが、すすけてオレンジ色になっちゃって。

使い慣れて、すっかり我が物と化した……他でもない、ロッカーは俺の物ではなく、施設の所有だ……ロッカーの扉を眺めつつ、しばし感慨に浸っておりました。

改めて昨日になって気付いたものの、そのシールはずっとロッカーの扉にあったし、この5年間、月水金曜日の午後になれば、必ず俺の視界には入っていたハズです。特に意識をしていなかっただけで。

5年かぁ…。

もう赤いシールの色もすっかり抜けて、元々何色だったんだか良く分からなくなるまで生きられたら幸いに存じます。

俺も何もかもを人工透析や施設へ任せ切りにするのではなく、食生活等へ気を配ったり、自分で頑張れるトコロは頑張らなきゃいけないなぁと、ココロも新たに思うのでした。

スタンス。

さて。今日もブログを書くか。

取り立てて書くこともないけど(^_^;;

たまには血液透析のことに就いても書かないとなぁとは思いつつ、改めて書くようなこともないのでございました。

仮にも各ブログランキングサイトに

人工透析ブログとして登録してある

側面もあるものですから(^_^;;

何せ当ブログは自分が腎臓を悪くしてしまったからといって始めたブログでもなく、数ある

人工透析ブログ

の中でも"異端"といえるでしょう。それが一種の"狙い"でもあるのだけれど。

例えば、わざわざ人工透析ブログを探して訪れようとする方の多くは、むしろ既に人工透析を受けておられる方ではなく、

これから人工透析を受けようとする方、

医師から「いずれ人工透析になるかも知れませんよ」と告げられた方、

であるような気がするのです。

そのような方が、

『人工透析とはどのようなものなのだろう?』

とブログなりウェブサイトなりをお探しになる。或いは、ブログランキングサイト等で、人工透析ブログとしてカテゴライズされているブログを、上から順番に訪ねてみるケースだってあるでしょう。

中には、自らが人工透析生活に慣れてしまえば、おのずと身に付くであろう知識もございます。

DW(ドライウェイト)がキツい

とか

中二日で5kg増え。ヤバい。週末までに取り戻せるか?

等という、人工透析とは縁のない方にとってはナンノコッチャな文言の数々も、アタリマエのように人工透析ブログには出て来るものかと存じますが、それらにしたって、これから自らを待ち受けているかも知れない未知の人工透析生活へ不安を覚えている方からすれば

『何だか難しそうだな…』

と、更に不安を増大させる結果となってしまうような気がしないでもないのです。

そんな中にあって、普通の日記を書いている阿呆がいる。

どうやら血液透析を受けているようではあるのに、特に人工透析に関して触れるワケでもなく、それドコロか、

文章が上手く書けない


なんて、まるで見当違いな悩みを抱えて落ち込んでいるらしい。

人工透析に頼らねば生きて行けず、正に死ぬか生きるかの状況に至り、なお自らの文章の良し悪しを気にするような馬鹿もいるのか。

このブログは、それで良いと思っています(笑)

もちろん、人工透析は人工透析で受けなくてはならず、それは大袈裟な表現でも何でもなく、人工透析患者にとっては

生きるという活動そのもの

に相違ありません。

心臓を動かす、呼吸をする、食べ物を消化する…それらと同一線上に、我々には人工透析が据えられている。

ただ、人間、とりあえず生きてりゃ良いってものでもございませんから。その上で、仕事があったり、家族との営みがあったり、趣味があったり、遊びがあったり。

俺はアタマも悪くて、人工透析に関しても未だ余り良く分かっていない点が多く、実際、他の人工透析ブログを拝読するに当たり、

ちょっと難しい

と感じることがあるぐらいなので、そこへ乗るのをやめました。

敢えて普通のことを書き続けようと。専門的なことは他の透析ブログさんたちにお任せしてしまおうと。

ブログを書き続けることで

とにかくブログを続けられるぐらいにはどうにかなっている

ことの証明にはなると思ったのです。

肉体的なこと、精神的なこと、経済的なこと、全てに於いてギリギリの状況なら、ブログを書いている余裕もないでしょうし。

どうやら貧乏、どうやら孤独、どうやら心身も色々と弱っている、でも毎日のブログは続けている。

『こんなのもいるぐらいなら、まぁ大丈夫そうか』

未来へ不安を抱えている方に、そう思って頂けたなら嬉しいな。

そのぐらいの気持ちで続けているブログです。

つっても、それが書くことがないことの言い訳にはなりませんね(^_^;;

色々と余裕が足りないのは紛れもない事実なので(笑)

…。

余裕があっても何もしないかも。

ただの無精者だと思います(^_^;;

(47分)

この短文にして。

仕事でもパソコンは使いますし、もちろん日本語を入力することもあるものの、さすがに仕事ではローマ字入力の練習なんてしていられませんから、ここで切り替えて…。

やっぱり遅いですね。非常に焦れったいです(+_+)

でも、ここで負けては進歩がありません。

そもそも、焦れったいも何も、取り立てて書きたいようなこともないのです(^_^;;

実を申せば、透析患者として

自分のブログをどう捉えているのか?
(どういうスタンスでブログを書いているのか?)

みたいなことを、そろそろ一つの記事としてまとめてみようかと考えている

……何せ複数のブログランキングサイトで当ブログはあくまで"人工透析ブログ"として登録されているのだ……

のだけれど、なかなか手を出せずにおります。

何せ、例えば腎臓を患われ、何か有用な情報はないものかと、懸命にネット界隈を探してたどり着いた先が、よりによって当ブログみたいな

透析ブログを謳っていながら、その実、何でもないタダのクダラナイ日記だった

ってんじゃ、どうにも…。

とはいえ、それもそれで、

透析に特化しない(させない)

というのは、ある種の狙いでワザとやっていることでもありますから、その辺り、是非ご説明申し上げたいなぁと。

そんな、わざわざ「狙い」と書く程、大それたものでもないのですが。

少しだけ触れておくと、要するに

透析関係の情報であらば、他の透析患者さんを始め、ちゃんと道理から正しく理解されている方々が、今の時代、いくらでも情報を発信しておりますし、そんな中にあっては、俺の透析に関する生半可な知識や経験など、大したお役には立てそうにない

ということです。下手をすれば、間違った情報や誤解を拡めてしまう結果にもなり兼ねませんし。

で、何だっけ…?

……不慣れなローマ字入力のせいで……書くのに異常な時間を費やしている為、始めに書きたかったことが分からなくなってしまいました(^_^;;

今日はこの辺で失礼します。

疲れたー(+_+)
月別アーカイブ
最新コメント
記事検索
プロフィール

nanny

恥ずかしがりで寂しがり。

Iga腎症、アトピー性皮膚炎等、様々な病気と付き合っており、現在は血液透析(週に3回 1回4時間)を受けている元腹膜透析(CAPD)患者です。

糖尿病がありましたが、40kg以上の減量に成功し、現在は寛解しています。

2009年7月3日に原因不明の卒倒をして以来、離人感を抱くようになりました。

ブログでは日々思った色々なことに就いて書いています。

今日の暦