かねがねがちぶ。

人生踏んだり蹴ったり。

血液透析

ごめん。

今日も今日とて書くことがありません。

昨日の記事では

筆をおく(もう書き終える)

と書いた時点から更に倍ほどの行数を書いてしまったので、なんとなく損をした気分です(笑)

けっきょくいつもの記事と同じ程度の行数は稼げてしまったという(^_^;;

天気予報では、いつ梅雨がくるかいつ梅雨がくるかといった風情です。

雨の日は血液透析へゆくにも難儀で辟易します。

いつもは自転車で施設まで通うのですが、さすがに雨天では徒歩になりますから。透析に必要なもろもろの荷物を担ぎつつ。

とはいえ、血液透析を受けさせていただける感謝の気持ちだけは忘れないよう心がけたいです。

そんなわけで。短めで。

飲み方を知らず。

流行する感染症予防策として政府からマスク(総理の名にちなんで「アベノマスク」などと呼ばれている)が配布され、ありがたく活用させていただいております。

わりとしっかりした厚手の布マスクで、これがやはり今の時分

"厚い"だけに"暑い"(漢字は便利だなぁ(笑))。

これから蒸し暑い時季へ入るも感染症の脅威がゼロになることは恐らくなく、早くも

マスク着用と熱中症の関係

も取りざたされています。

なんでも、マスクによる口元喉元の保湿効果によって喉の渇きに鈍感となり、水分の摂取量が減ることでも熱中症リスクは高まるのだとか。

こんな布一枚でも口元になるのとないのとではだいぶ違うのですね。

俺は人工透析患者ということもあり好き放題に水分が摂れない体なので、喉の渇きが緩和される点では助かるのだけれど。

とはいえ、最低限の水分は人体に必要不可欠。

『喉も渇かないしちょうど良いや』

とばかり思わず、水分も適度に摂取したく存じます。

お酒の適量は体で分かるのに、なぜか水分の適量に関しては未だに分かりにくくてなぁ(^_^;;

謎の敗北感。

5月7日。木曜日です。

陽気のせいか、離人感が強くて困ります。

常々書いているように、政府からの外出の自粛要請も引き続いており、特に俺のような独身者にとっては、本当に何もない日々です。

不謹慎な発言になるかもしれないけれど、俺の場合、週に三度は血液透析を受けるべく施設に通わねばならない為、我々透析患者にとってこれは

(不要不急に当たらない)必要火急の用事

に外ならず、それで堂々と外出ができたり、施設で他の患者さんや施設のスタッフさんらと顔を合わせられたりすることが

良い気晴らしになっている

点は否めません。

生活必需品の買い物へ出るぐらいのことはあるにしろ、そうでもないと一歩も外へ出ず、誰とも会話せず、テレビさえも退屈で、ひたすら無聊を託って過ごすのです。

もっとも、その結果として少なくとも現時点ではハヤリヤマイに罹らず済んでいるのでしょうが、それでも何だか憎たらしいような悔しいような、妙な思いがいたします。

手話。

俺が通わせていただいている血液透析の施設では、基本的に患者に充てがわれるベッドの位置が決まっている為、必然的に隣のベッドで血液透析を受けている患者さんは常に同じ方、ということになります。

一月ほど前からだったでしょうか、俺が寝転んだ状態で足元側の通路を挟んだベッド(要するに"お向かいさん")に、耳の不自由な患者さんが入るようになりまして、何度かたどたどしい手話でお声がけ(?)させていただきました。

やはり透析中はお休みになられる方もいらっしゃいますし、余り透析中に近隣のベッドの患者さんとベラベラ声を出しておしゃべりするのも憚られる一方、当然のように手話は……クチは動かす必要があっても……無言でコミュニケーションが完了する上、目の届く範囲の方とであれば距離のある相手とでもコミュニケーションが成り立つので、

意外と透析中の意思伝達に向いているんだなぁ

と。

『何も知らない人よりは少しだけ分かっている』

程度のレベルですが、自分でも意外なことに手話は少しだけ分かります。

ただ、そのレベルの人間では、却って

こちらから話す一方になる

のが手話の特徴でもあると思うのです。

自分が知っている手話は表現できても、相手の手話が分からないといったケースが多く、こちらからイエス or ノーで答えられるような質問をし、相手の方に

「そう」

とか

「違う」

とか、そのぐらいの返答で済ませられるようにしていただかないと、例えば

「私は50歳の頃に腎臓を悪くして60歳から透析を受けるようになりました。もともと糖尿病があって食べることが大好きなので透析間の体重管理に慣れず困っています」

ぐらいの長文をササササと手話で表現されてしまったら、もうワケが分からなくなります。←そのぐらいのレベル。

従って、

「透析歴は何年ぐらいなのですか?」

「60歳の時から」

「何か困っていることはありますか?」

「体重管理」

ぐらいに自分が会話の主導権を握り、短く区切って会話してもらわなければ、おぼつかなくなってしまうのです。

先日も透析後に少しだけヤリトリをしていて、いくつか分からない手話が出てまいりました。(話の流れぐらいは分かる)

実は今でも分かっておりません(^_^;;

今は様々なウェブサイトやアプリがあり、インターネットやスマートフォンを使っても簡単に手話は調べられるのだけれど、それもこちらから

『なるほど。「家族」はこう表現するのか』

『ほうほう。「大変」を伝えるには手をこうすれば良いのか』

と訳すことはできても、逆に

指の形や手の動きから音声言語に翻訳すること

は非常に困難なのです。とにかく辞書を片っ端から見て、同じ形や動きを探すよりありませんから。

最近の自動外国語翻訳機のように、例えばスマートフォンのカメラに手話の形や動きを見せてやると、それが文字言語となって画面へ表示される、

そんなアプリでもできたらきっと便利なのになぁ。

ともあれ、そんな安直なことに期待せず、自分からももっと手話を勉強したいと思います(^-^)

やっぱり不安だ。

長い土日が過ぎ、やっと月曜日になった。

今日は血液透析を受けさせていただけるし、そうなれば他の患者さんや、施設のスタッフさん方とお会いすることもできる。

何せ土日はほとんどウチのいた……近所まで食料品の買い物へだけは出た……から、とにかく人と会えるのは嬉しい。

一方で、この頃は新型のコロナウイルスの存在をどんどん身近に感じるようにもなってきた。

同じ市から何人もの感染者が出ていると聞く。

原因は不詳ながら、俺の通っている透析施設でも熱が出てしまったらしく、一人個室で透析を受けている患者さんや、透析中に咳きこんでいる患者さんが実際にいらっしゃる。……もちろん、それが新型コロナウイルスの影響であるとは言わない……

もし、今の施設から感染者が出てしまったらどうなるのだろう。

施設を封鎖するにしても、血液透析は休むワケにいかない。

ナントカ会、みたいな医療法人に属してはいるから、同じナントカ会の他の透析施設へ回されるのだろうか。

それにしたって通院の都合がある。今の施設より確実に遠くはなるし。

加えて、その、他の病院にだって現状で通っている透析患者さんがいらっしゃるハズだ。そうなれば、ベッド(透析装置)の空きの問題だって出てくるに違いない。

受け入れたくてもベッドも設備も足りない、とか。

まして、もし自分に(ウイルスの)陽性反応が出てしまったとしたら、もっと大変だ。

そういう、感染症患者の隔離を行っているような病院に、感染症の治療と同時に血液透析も受けられるような場所はあるのかな。

もちろんなくはないのだろうけれど、それにしたって病床数の数とか、やっぱり足りなくなりそうだ。

正直、俺個人としては、別に見捨てられたって構わないと思っている。……その代わり、どうにか苦しまないようにする処置があればしていただきたい……

ただ、それならそれで準備だけはしておきたい。心の準備も含めて。

もし、今の施設で新型コロナウイルスの感染者が出た場合に想定されるおおよその流れについて、施設の誰かに尋ねてみようと思う。

〜追記〜

「見捨てられても構わない」というのはあくまで「俺個人が」ということです。

くれぐれも「透析患者が」ではないということを強く書いておきます。
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プロフィール

nanny

恥ずかしがりで寂しがり。

Iga腎症、アトピー性皮膚炎等、様々な病気と付き合っており、現在は血液透析(週に3回 1回4時間)を受けている元腹膜透析(CAPD)患者です。

糖尿病がありましたが、40kg以上の減量に成功し、現在は寛解しています。

2009年7月3日に原因不明の卒倒をして以来、離人感を抱くようになりました。

ブログでは日々思った色々なことに就いて書いています。

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